俺はバルタン星の生き残りの一人。名は――いや、この星の知的生命体、地球人の体構造では発声する事は出来ないだろう。
そうだな――リボルタ、とでも名乗っておこう。
我々の星バルタンは、宇宙の中でもかなり高度な文明を築いている星の一つだった。
だが、一人の狂った科学者の核実験により――消滅した。跡形も無く。
だが、人工の半分ほどは脱出に成功した。
そして、生き残った者達は幾つかの船団に別れて新たなる母星となる星を探して旅に出た……。
星の海の航海が始まってから、この星――地球――の周期でいうところの100年が経った頃、一つの船から連絡が入った。
我々の母星に相応しい自然豊かな星を見付けた、というものだ。その星の名は、そう地球。
然し、問題があった。その星には、知的生命体がいたのだ。
はっきり言ってしまえば、知的生命体といっても我々バルタン星の者と比べれば文明のレベルはかなり低かった。
にも関わらず自然を汚す程度の低い連中だ。
それでも、その星に生きている先住民である事に変わりは無い。
各船団の代表者はモニターを通じて話し合った。
出席者のほぼ全員が「地球人と話し合いをし、土地を少し分けて貰う」という意見だった。
既に地球は人間で溢れ返ってはいたが、我々の技術力を持ってすれば海底都市を作り、そこに…全員とはいかないが暮らす事は十分に可能だろう、と。
地球人がその提案を渋るようなら――少々この程度の低い連中には勿体無いかもしれないが――我々の技術力を多少提供し、彼等に今より住みよい環境と自然の回復を与えてやれば、きっと応じてくれるだろう、と。
会議というものは……通常、「多数決の原理」が適用される。我々バルタンの者達は地球人と話し合う筈だった。そう――その筈だったのだ。
だが、地球を見付けた船の代表者は、その結論を蹴った。
元々軍のお偉いさんだった彼は、程度の低い地球人に頭を下げるのを嫌ったのだ。
彼は侵略を開始した。
他の船団は彼を止める為に急いで地球へと向かった。
独断で動いた彼が、船団の仲間のコールドスリープを解き、作戦を展開する事は考え難かったが、彼一人でも侵略にさほどの時間を要しない事は分かっていた。
最も地球に近い船団でも、駆け付けた時にはもう全てが終わった後だろう事は分かっていた。だがそれでも、我々は急いで地球へと向かった。
然し一番早く地球に到着した船から、他の船団に驚くべき報がもたらされた。
侵略を企んだ男が……殺されたという。
無論、地球人如きに彼を殺せるわけがない。
噂に名高い宇宙警備隊……M78星雲光の国のウルトラ族の男が、丁度地球にいたというのだ。
ウルトラ族の男は、暴走する彼を殺し、そしてコールドスリープで眠る彼の仲間の船を破壊した、というのだ。
そしてその報告をした船の同胞達は、地球に、ウルトラ族の男に復讐すると言い残し、通信を切った。
彼等も――そのウルトラ族の男に殺された。
バルタンの星の者達は、復讐に燃えた。確かに最初の非はこちらにあった。あの男が暴走しなければ、こんな事にはならなかった。
だが、それでも数多くの同胞を殺された怒りに燃えたバルタン星の者達は、その後も地球に攻撃を仕掛けていった。
俺は、正直言って最初の暴走した男の事はどうでもいい。二番目に到着した船団の者達も、どうでもいい。
だが、コールドスリープで眠っていた同胞達の事…。これだけは、許すわけにはいかなかった。
当時の状況など俺には分からないが、恐らく、ウルトラ族のその男は、コールドスリープで眠っていた同胞達が、事件に関与していない事など知らなかったのだろう。
それでも!確認を取る余裕は確実にあった筈だ!!
それを怠り!罪無きバルタンを…大量に虐殺したのだ!!
俺は機会を待った。正攻法で挑んだところで、ウルトラ族に勝てるわけが無い事は重々承知している。
いや、ウルトラ族を倒す事はない。それはまた、彼等の中にこちらと同じ様な悲しみを生み、復讐の輪が連なっていく事になってしまう。
そうなれば、バルタンに勝ち目は無い。絶滅の道だ。
ウルトラ族の男に対する相応しい復讐。
それは、地球を征服する事に他ならない。この星を征服するだけで、散っていった同胞達が満足するかどうかは生きている俺には分からないが。
然しだからといって同胞達が死に絶え、誇り高きバルタンの名がこの宇宙から消え去る事など賢き彼等は望んでいない筈だ。そう信じる。
俺は機会を待った。この星は銀河の辺境に位置しているが、最近ではその美しさ故に有名になり、数々の侵略者が後を絶たない。
ウルトラ族の出入りも自然と多くなった。殆ど常に誰かしらウルトラ族の者がいるような状態が続いた。
焦ってはいけない。彼等がいない時。征服はその時にしか完遂し得ない。
俺は機会を待った。地球に潜伏し、ただひたすら待ち続けた。
数々の異星人、異次元人、そして彼等の尖兵たる怪獣達がウルトラ族の前に敗れ去っていった。
その内に、侵略者の数が減っていった。
俺は機会を待った。散っていく侵略者に黙祷を捧げながら。
ウルトラ族に手を出さず、彼等が星へ帰っていくのを見届けながら。
いつしかウルトラ族も、そう頻繁にこの星に来るというわけではなくなってきた。
遂に、機会は訪れたのだ。
長い長い潜伏期間中に、征服のシナリオは出来上がっていた。
潜伏中にこの星に一気に広がったインターネットを使う。
特性のウイルスを世界の電子の海に流し込み、あらゆる情報を統制。
各国の核兵器以外の全ての兵器を無差別に発射させ、世界を火の海に変える。
生き残った者には、誤った避難勧告を出し、集まってきたところを掃討する。
作戦そのものはそう難しいものではないし、バルタン特性のウイルスを除去出来る者などこの星にはいない。
異変に気付きウルトラ族の者がこの星に来た頃には、焼けた大地は我が科学力で治癒され、以前と変わらない美しい星となっているだろう。
違うのは、そこに響く笑い声が地球人のものではなく、我らバルタンのものだというだけだ。
Fofofofofofofofofofofofofofo
さぁ、作戦実行だ。このウイルスを電子の海に……
――…ーい、…ル――
ん?何だ?何か声が聞こえた気が…
――…ルってば。…き…よ――
やはりどこからか声が聞こえてくる…。誰だ?何を言っている?
――ボールっ。起きてよ――
起きろだと…?何を言っているんだ。誰なんだ。俺の邪魔をするな。ウイルスを送り込むだけでいいんだ。
――ボル~、いい加減起きてってば――
何だ?この声…どこかで聞いたような…。
!? 何だ!? 世界が…世界がボヤけていく…
――早くしないと人でいっぱいになっちゃうよ?ねぇ――
あぁ…なんだ…世界が…世界が…。 う、ウイルスを!ウイルスを送り込まなければ!あぁ!?パソコンが…パソコンが消えた!ど、どーすれば…
いや、どーすればじゃなくて…何が起きてるんだ… やめろ…め………めろ………―――
「やめろっ!俺はウイルスを!!…………を?」
暫く状況が掴めずに辺りをキョロキョロと見回す。数秒の間の後に肩をガックリとうなだれて呟く。
「夢か……。」
窓から暖かな朝の日の光が降り注ぐ。
ここは、俺の部屋…俺の家だ。2LDKの機能的な。家の中は寒色系で纏められている。
賃貸ではなく、自分の金で購入したれっきとした自分の土地だ。ローンはまだ残っているが。
東京を少し離れた神奈川のとある住宅街に位置している。
「ボル、おはよ。どうしたの?」
ガックリとうなだれた俺を覗き込んで話し掛けてきたこの女は俺の恋人。
青く長い髪に、透き通るような白い肌。蒼く輝く瞳はサファイアのようだ。スラッとした長身で、自分の恋人に言うのも自慢のようでなんだが美しい女。
出会ったばかりの頃は鋭利な刃物のように鋭く凛とした雰囲気を放っていたが、最近はどこか暖かい空気も持ち合わせるようになった。
勿論、バルタンの者である俺と暮らす彼女も地球人ではない。ボーグ星の女だ。名はフラン。今のこの地球人の姿は、怪しまれず潜伏する為に擬態したもの。
俺も同様に地球人の姿に擬態している。自分で自分の姿を説明するのは難しいが…彼女曰く『優しい雰囲気の理系っぽいイケメン』らしい。
少し照れる。
ちなみに、『ボル』というのは俺の愛称だ。リボルタのボル。
「どーしたの?大丈夫?夢とか言ってたけど、なんか悪い夢でも見た?」
フランがまだ俺の顔を覗き込んでいる。 可愛い。
「いや、むしろ逆だな。あと少しで地球を侵略出来る夢だったんだけど…まぁ、夢だから邪魔が入らなかっただけか。」
「あー…ひょっとして起こしちゃったから最後まで見れなかった?」
「ああ…」
聞くなり、フランがしまったなぁーという顔をする。
「そこまで気にするなよ。夢なんだから…」
「そりゃそうだけどさ。初夢で地球侵略成功なんて、ボルにとっては縁起がいいから…」
初夢…そうだ。今日は一月一日。元旦。お正月だ。
「……今何時?」
「ちょっと待ってて。」
「いやいや、勝手にシンドバットしたいわけじゃないから。」
「なーんだ。そこに時計あるんだから、ネタかと思ったよ。」
そうだった。目覚まし時計が置いてあるんだった。まだ寝惚けているな。
「もう七時か…。」
俺は普段六時には起床しているのだが…昨夜はいつもより寝るのが遅かったからか。
…フランも遅かったのだが…俺がたるんでいるのだろうか。
「飯は?」
「出来てるよ。」
食卓で今年最初の飯を食う。雑煮だ。
その後、歯を磨いて服を着替えて、外に出る。外は、やはり寒い。
フランと並んで歩く。談笑しながら二十分ほど歩いて神社に到着した。
既に結構な人が初詣に来ている。
寝坊したのはやはりマズかったか。
離れ離れにならないように手を繋ぐ。
暫くして賽銭箱の前に辿り着く。
500円玉を入れ、目を瞑り、手を合わせて、祈る。
「ねぇ、何を祈ったの?」
「聞かないでも分かってるだろ?」
「地球征服?」
そう訊ねる彼女を、俺は強く抱き寄せ、呟く…。
お前と、いつまでも幸せに――――